コラム:親しき仲にも「契約」あり

「彼とは昔から一緒にやってきたから、 阿吽で仕事しているんですよ」
「あの委託先とは長い付き合いなので、細かいこと決めなくても、よしなにやってくれるんです」

経営者の方から、こんな話を聞くことがあります。
しかも多くの場合、それを“うちの良いところ”として笑顔で語られます。
確かに、長い信頼関係は企業の財産です。
契約書の文言より、相手の人物を信じて進められる関係―理想です。

しかし、
しばらく経って再会すると、こうした関係が一変していることがあります。
「実は、あの委託先と揉めてしまって…」
「信頼していた社員が突然辞めて、訴訟になりそうなんです」
「社内の人間関係が悪化して、今は口もきかないんですよ」

“信頼していた”はずの相手との関係が、なぜこうも急に崩れるのか。
今回は、この“親しい関係”だからこそ起こるビジネス上のリスク、
そして、それを防ぐための「契約」という仕組みについて考えてみます。

 

契約とは?

「契約」という言葉を聞くと、どこか堅苦しい印象を持つかもしれません。
でも、実はビジネスにおいて「契約」は、空気のように存在しています。
売買契約、貸借契約、雇用契約、業務委託契約―
そのどれもが、人と人、企業と企業の「約束ごと」を可視化したものです。

今回取り上げたいのは、
「社員との雇用契約」と「外部協力者との委託契約」
つまり、“人の労働や知恵を買う”ための契約です。

この二つは内部、外部という違いはあれど、
「時間を提供してもらう」または「成果や成果行為に対して報酬を支払う」
という労働の対価を支払うという点では同じといえます。

問題は、
これが、“親しい関係”になると、なぜか曖昧になること。
「まあ、信頼してるから任せるよ」
「いちいち契約なんて味気ないことはしたくない」
そんな一言で、なし崩しに仕事が始まってしまうのです。

仕事が上手くいっているときは、“契約の大切さ”は実感できません。
しかし、たびトラブルが起きて初めて「あのとき契約しておけば…」と後悔する。

 

契約の課題

中小企業やスタートアップでは、「契約に関する課題」が意外と多くあります。
大きく分けて、次の3つです。

① 契約をしていない

最も多いのは、「口約束で済ませている」ケースです。
「もう長い付き合いだから」「信頼関係があるから」と言って、書面を交わさない。
ところが、いざ問題が起きると、「そんな話は聞いていない」「言った言わない」になる。
たとえ悪意がなくても、記憶のズレが争いの種になる。

② 契約はあるが、詳細が決まっていない

形式上の契約書はあっても、中身がスカスカ。
「業務内容:システム開発一式」「報酬:応相談」・・・・・
これでは、トラブルが起きた時に何の役にも立ちません。
結局は「人間関係」で解決するしかなくなり、
その過程で信頼関係が壊れてしまうことがあるのです。

③ 好き嫌い、“後出しジャンケン”

契約が曖昧なほど、“感情”が評価など判断の主軸にならざるを得ません。
「彼は信頼できるからOK」「あの人はちょっと気に入らないからNG」
つまり、ルールではなく“好き嫌い”や印象や感情で恣意的に決まってしまうのです。
これは組織文化を歪め、社員や取引先の不信感を招く大きな原因になります。

 

どう対処すべき?

では、どうすればこの問題を防げるのか。
ポイントは「ルールを明文化する」ことです。
すべてを契約書に詰め込むのは現実的ではないので、
補助文書などを作っても良いでしょう。

そうしたルール作成においては、以下の3点に留意することが重要です。

① ルールは、”事前”に合意する

問題が起きてからルールを作るのは、ほぼ不可能です。
なぜなら、すでに感情が先に立っているからです。
「最悪の事態が起きてから決める」ほど、話し合いはこじれます。
だからこそ、関係が良好な“今”のうちに合意しておく。
これは、相手を疑っているのではなく、“信頼の構築”行為です。

② 役割と評価のルールを明確にする

人は「自分の責任範囲」が曖昧な時ほど不満を持ちます。
「そこまでやるのは自分の仕事じゃない」
「成果が出たのに、なぜ評価されないのか」
こうした不満を防ぐには、役割分担と成果評価のルールを明確にすること。
“線引き”を可視化しておくと、後々のトラブルがぐっと減ります。

③ 標準ルールを整備しておく

もうひとつ重要なのは、“個別対応にしない”こと。
都度、ゼロから条件を話し合うと、どうしても感情が混ざります。
だからこそ「標準契約」「標準ルール」を用意しておく。
これをベースにすれば、交渉は「例外の相談」だけで済みます。
既存ルールを前提に話せば、関係のこじれを回避できる可能性が高まります。

 

「法の支配」は、ビジネスの土台である

「法の支配」または「法治主義」ーこれは法律のことばです。
法律にないことをやっても犯罪にならない、恣意的な判断で裁かれない、
といった意味で民主主義の基本概念でもあります。

いま、世界の政治では「法の支配」が揺らいでいると言われます。
しかし、この事前に取り決めた“ルールによって物事を進める”という考え方は、
ビジネスの世界でも基本です。

ルールがあるからこそ、感情に流されずに関係を維持できる。
契約があるからこそ、信頼が長続きする。
それは、冷たい線引きではなく、「お互いを尊重するための基盤」です。

親しき仲にも「契約」あり。もちろん、親しき仲にも「礼儀」あり、が前提です。

 

 

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