
「朝令暮改はできる経営者の特長だ」と言われることがあります。
確かに、変化の激しい時代において、柔軟に舵を切る姿勢は大切です。
しかし、実際の現場を見ていると、「無計画」と「思いつき」の言い訳になっているケースも少なくありません。
「社長は昨日と言っていることが違う」
「前回の打合せの方針はどこへ?」
こうした声が社内で出てくる会社は、決して珍しくありません。
多くの場合、それは“戦略的な変更”ではなく、“記録と整理がないままの思いつき”によるものです。
不安定な経営に共通する3つの傾向
私はこれまで、数多くの経営者・マネージャーと接してきました。
その中で特に中小のオーナー経営者に共通して見られる傾向があります。
ひとつ目は、「目先のソリューションや新しい仕組みにすぐ飛びつく」ことです。
たとえば、「AIで効率化できるらしい」「SNSで集客が伸びているらしい」と聞くと、すぐに導入を検討し始める。
スピード感は素晴らしいのですが、全体戦略や目的との整合が取れていないまま思い付きで動き出すため、結果として混乱が起きやすくなります。
二つ目は、「メンバーとのコミュニケーションが少ない」ことです。
意思決定が頭の中だけで完結してしまい、共有のタイミングが後手になる。
そのため、「社長がまた何か言っているけど、今回は本気なのか?」と、現場が迷う場面もあります。
三つ目は、「文字化することが苦手」なことです。
頭の中ではきちんと考えているのに、それを言葉や文書で残す習慣がない。
結果、同じ議論を何度も繰り返したり、伝わったはずの内容が抜け落ちたりします。
これら3つの傾向が重なると、経営の舵取りは次第に不安定になっていきます。
私は、こうした状況を整理し安定させるために、「5つのメモ」を書くことを強くお勧めしています。
経営を整える「5つのメモ」
どれも特別な内容ではありません。
ただ、書き出して整理するだけで、経営の見通しが驚くほどクリアになります。
① 経営・運営方針のメモ(中長期)
まずは、自分がどんな未来を描いているのかを文字にします。
「長期的にやりたいこと」「会社としての目標」「大切にしたい価値観」などを、あいまいなままにせず書き出します。
経営者自身がブレてしまう最大の原因は、判断基準が頭の中だけにあることです。
メモにしておけば、「この判断は目標と整合しているか?」を客観的に確認できます。
これは経営の“軸”を作るメモです。
この内容、「経営計画書」なんじゃないかと思われた読者の方もいらっしゃるかもしれません。
その通りです。しかし、私があえて「メモ」と言っているのは、計画書ほど堅苦しくせず、習慣化することが重要だからです。
② 役割分担のメモ(中長期)
次に、メンバーそれぞれに「期待すること・期待しないこと」を整理します。
「Aさんには新規顧客の開拓」「Bさんには既存顧客のフォロー」といった形で役割を明確にします。
そして、自分の役割についても明確にしておくことをお勧めします。
さらに、「なぜそう分けたのか」という理由まで書いておくと、後々の説明がスムーズになります。
「なぜ私ではないのですか?」と聞かれたときに、感覚ではなく根拠をもって答えられる。こうした透明性が、組織の信頼を支えます。
③ 作業指示のメモ(短期・日常)
経営者は毎日多くの判断を下します。
そのため、自分が出した指示を忘れてしまうことも少なくありません。
「なんでこんな作業したの?」と聞いたら、「社長がおっしゃったのでやりました」と返され、
「そんなこと言ったかな?」―そんな経験は誰にでもあるでしょう。
指示のメモには、「内容」だけだなく、「背景」「意図」を簡単に残せれば尚良いでしょう。
これだけで、“言った・言わない”の誤解が消え、チームは安心して動けます。
後から読み返して方向修正するのも容易になります。
④ TODOのメモ(短期・日常)
経営者は常に多忙です。
だからこそ、「今、自分が何を優先すべきか」を書き出すことが重要です。
重要度と期限をつけて整理するだけで、判断スピードが一気に上がります。
書くことで、脳のリマインド機能を外に出すことができます。
これは、忙しい経営者にとって最も効果的な“自己マネジメントの道具”です。
⑤ 結果のメモ(短期~中長期)
最後は「結果」を書くことです。
「実行した」「まだ」「うまくいった」「失敗した」―この積み重ねが、次の改善につながります。
結果のメモを続けると、会社の「成長の軌跡」が見えてきます。
成功も失敗も、その記録こそが学びになります。
メモは“変更のための基準”
「朝令暮改」が悪いわけではありません。
問題は、“なぜ変えたのか”を説明できないことです。
メモがあれば、変更前に過去の経緯を確認し、「この判断は妥当か?」と自分に問い直すことができます。
それが基準となって判断の精度が確実に上がります。
共有で、組織を動かす
もう一つ大切なのは、「書いたメモを共有すること」です。
経営者の頭の中だけにある情報は、チームにとって存在しないのと同じです。
共有することで、部下は「自分の仕事の背景」を理解し、納得して動けるようになります。
そこに、組織の一体感が生まれます。
結局、経営は“思考の可視化”
経営は「計画」と「実行」の往復です。
しかし、その間に“記録”がなければ、毎回ゼロから考えることになります。
5つのメモは、その往復をスムーズにする潤滑油のような存在です。
もし今、経営が少しバタついていると感じるなら、まずは小さなメモから始めてみてください。
たった数行でも、思考が形になる瞬間をきっと実感できるはずです。
リーダーの思考の可視化が、経営の安定につながります。
ちなみに、レオナルドダヴィンチ、エジソン、ヴェートーベン、ヘミングウェイといった偉人達もメモ魔だったようです。メモは、成功のカギです!
