コラム:メニューもレジもない居酒屋 ビジネスモデル

「2時間制、飲み放題、メニューはありません」。
先日、以前から「気になっていた」居酒屋に足を運びました。場所は東京・五反田。昭和レトロな雑居ビルの地下にひっそりとある店です。10席ほどのカウンターに加えて、テーブルがひとつというこぢんまりとした空間にもかかわらず、平日の雨の日でしたが満席で、大変な賑わいでした。

このお店、ただの人気店というわけではありません。業務効率化やビジネスモデルの視点で見ると、非常に学びの多いユニークな仕組みで運営されています。今回は、この店をケースに、ビジネスモデルと業務効率化について考えてみたいと思います。

 

オペレーション

この店のシステムはこうです。席に着くと、店員から簡単な説明があります。「2時間制、飲み放題、メニューはありません」と伝えられ、ほどなく最初の料理が提供されます。料理は目の前のカウンターに並ぶ大皿から、おはんざいが順番に取り分けられ提供され、食べ終わったころを見計らって次の一皿が自動的に出てきます。注文の必要はありません。

料理は、すべて事前に調理済のもので、営業中に店内厨房で料理することはありません。全部で20種類ほどあって、どれも美味で味に飽きることはありません。全部を食べると相当おなか一杯になります。また、その時に手に入れやすい素材を使っているため、日によってラインナップが異なるとのことです。

飲み物も食べ物と同様で、グラスが空になるとスタッフが次の一杯を勧めてくれます。日本酒やワインはそれぞれ複数の銘柄がありますが、客は銘柄を指定できず、店側がお客さんの雰囲気に合わせて選んでくれます。

お会計は、固定金額を払ってお終いです。(タイトルには、レジがないと書きましたが、複雑なものがないの意です。)

こうした仕組みによって、「オーダーをとる」「オーダー通りに作る」「メニューに合わせて材料を発注する」「オーダー通りに会計する」といった業務自体が存在しません。これは業務工数やシステムコストを減らせるだけでなく、ミスを大幅に削減することに繋がっていると思われます。また、メニューを固めないことでその時々で最もコスパの良い材料を使いコストを下げることができますし、同時に仕込み材料の廃棄ロスを最小化できるのでしょう。

 

スタッフ

この店のもう一つの特徴は、スタッフです。もともとはお客さんに人望のある女将さんが中心となってお店を回していたようですが、現在は複数の姉妹店を運営し、女将さんが不在のこともあるとのこと。しかし、上述のように業務オペレーションが極めてシンプルであるため、経験のないスタッフでも店が回せます。実際当日も、一部スタッフは、タイミーなどからのスポットワーカーのようでしたが(たぶん)、それでも問題なくサービスが提供されていました。

また、姉妹店との間は常時Zoomで繋がれており、双方の店内が大型ディスプレイに映し出されています。女将がどちらの店舗にいてもリモートで登場できるようにしているようです。私が訪れた日には、実際に女将は別店舗にいらっしゃいましたが、スクリーン越しに双方でコミュニケーションがなされていました。

 

顧客

こうしたオペレーションを可能にしている最大の秘密は、実は店名にあるのではないかと考えます。店名は「きになる嫁デラックス」。「嫁」ということばも、マツコ・デラックスを連想させる「デラックス」という言葉も、お店側に強い主導権がある印象を与えます。これは、ある意味で顧客に対して「当店のやり方に文句を言わずに楽しめる人だけ来てください」という明確なメッセージに思えます。(想像です)

加えて、ターゲット客層に向けたメディア活用やSNSでの使い方も学ぶべき点です。来てほしい客だけが自然と集まり、店の世界観に共感する層に絞った集客が成立しています。

 

飲食業にとどまらない「効率化の本質」

この店には、飲食業に限らない業務効率化のヒントが詰まっています。特に、「生産・加工」と「提供」が同時に発生するサービスビジネスには示唆が大きいでしょう。

「現場作業を極力減らすための事前作り込み」「顧客対応のバリエーションを減らすことによる業務の標準化とスピード化」、そして何より、「自社の価値観を共有できる顧客だけに絞る戦略」です。この店の素晴らしいところは、効率化を実現しつつ、顧客の満足度も獲得できていることにあります。

業務改善やDXを考える際、多くの企業では既存の業務フローを前提に改善点を探そうとします。しかし、本質的な効率化とは、「本当にその業務は必要か?」「誰に向けたサービスなのか?」という問い直しから始めるべきです。常識を疑い、顧客を選び、現場を徹底的にシンプルにする。そんな視点を持てば、御社のオペレーションもまだまだ進化できるのではないでしょうか。

 

<戦略・ビジネスモデル関連のコラム>

<その他人気のコラム>

<Topページへ>

【セミナー情報】 ビジネスモデル再構築の進め方にご興味のある方、ぜひご参加ください!