2000年代までは「年寄りの安い飲み物」だった日本酒ですが、ここ10〜15年でそのイメージはすっかり変わりました。ワインと同じようにブランド戦略が進み、各酒蔵が個性的な商品を打ち出したことで、百貨店などでも高値で販売されるようになり、海外にも市場が広がるようになっています。一方で、市場は有名な酒蔵のブランドがシェアを堅固にし、新たなブランドが参入するのはなかなか容易ではないようです。
そんな中、先日テレビのニュースで、栃木県の新しい酒蔵「前日光醸造所」が紹介されていました。この酒蔵を立ち上げたのは、もともと地元で日本酒やワインを扱う酒販店を営んでいた店主。東京農大醸造科の出身者で、「地元で日本酒をつくりたい」という思いを長年温め、2024年ついに自前の醸造所を立ち上げました。
一度こちらのお酒をいただいてみたいのは勿論ですが、今回はこの会社を、ビジネスモデルの観点から考えてみたいと思います。
この酒蔵の最大の特徴は、「オーダーメイド」と「酒造り体験」をコンセプトにしていることです。単に自社ブランドの日本酒を売るのではなく、「酒造りの技術」そのものを提供しています。たとえば、顧客が米の品種や麹、製法まで細かく指定し、個人または法人が自分が欲しいお酒を小ロットでカスタムオーダーできる仕組みになっています。店主だけでなく、杜氏も農大出身の経験豊富な醸造家で、その高度な技術力がこのサービスの核となっています。
また、酒そのものを売るだけでなく、「酒造り体験」というエンターテイメント要素を組み込んでいる点も興味深いところです。酒蔵見学は珍しくありませんが、ここでは実際の仕込み作業に参加できたり、製法の講義を受けたりすることができます。小ロット・多品種生産だからこそ可能な試みであり、日本人だけでなくインバウンド需要にも応えているようです。こうした体験型ビジネスは、ブランドのファン作りにも大きく貢献するものと言えるでしょう。
この酒蔵のビジネスモデルは、戦略的に市場の競争を避ける形になっています。新参ブランドが既存の有名銘柄と正面から競争するのは難しいため、「オーダーメイド」と「体験」という新たな価値軸で差別化を図っていると考えられます。まずは認知度を上げ、将来的には自社ブランドのマス展開も図る作戦かもしれません。
さらに、ストーリー性を重視した情報発信も特徴の一つです。醸造所は、市内ではなく日光の麓の森の中の廃校を活用しており、訪れた人に特別な体験を提供しています。また、酒蔵を立ち上げるまでの背景や想いをHPやSNSで発信し、共感を生むブランドストーリーを作り上げています。これは、「単なる酒造り」ではなく、「体験価値の提供」としてのポジショニングを強化する施策といえるでしょう。
この酒蔵のビジネスモデルのポイントは、以下の3つに集約されます。
1. 自社の強みを正しく把握する
2. 強みを最大限に活かし、競争を意識した(避ける)差別化戦略を取る
3. ビジネスモデルと、オペレーションやマーケティングを整合させる
どんな業界でも、競争が激しくなるほど「新規参入は難しい」と言われがちです。しかし、ビジネスモデル次第で、違う切り口から市場に入り込むことは可能です。皆さんも自社のビジネスモデルを、こうした視点から再考してみるのはいかがでしょうか?
※ 今後も、興味深いビジネスモデルの考察を発信していきます。